長女がウインドサーフィン世界選手権3位に入賞しました。
平成最初の年に僕が世界3位になって、最後の年に子供が世界3位入賞しましたw
ポルトガル・アルガルヴェで開催された世界選手権で、日本チームが頑張りました。
男子は三浦圭選手(明大)、女子は金子奈津美選手(青学)がオープンクラスで世界チャンピオンに!!!
また、小松大悟選手(HONDA)が男子3位入賞。女子は西村菜乃選手(京大)が準優勝、長島かれん選手(法大)が3位入賞しました。日本チームのみんな、本当におめでとう(^_-)-☆
異国の地で海外の選手とわたりあったことは、きっと将来の仕事にも活きるでしょう。
また、今回出場した若手選手はレースタクティクスもかなりバージョンアップしたことと思います。
以下は親ばか投稿的な記述ですが...
自分が好きなことを親が子供に無理強いするのはよくないことと考えます。
しかし、うちの家族は休みとなれば、海や湖にでかけてきたので、ウインドサーフィンをやるはめになります。
ちょうど、かれんが小学校3年生の頃に子供用のセットが普及しだして、少し練習させたところ、地元の大会で初優勝。
これは、と思って本格的に練習させて、4年生のときにジュニア全日本に出場させたところ、確か、7位か、8位くらいになったことが本人は悔しくて、全くやりたがらなくなってしまいました。
自分が大変がっかりしたことも大きかったかもしれません。
その後、反抗期も重なり、しばらくウインドをすることはほとんどありませんでした(今の小学6年生の次女もそうです)。
しかし、転機が訪れたのは高校受験が終わった時。
大学の付属女子高に入学したので、法政大学のウインドサーフィン部に入れてもらえるかもしれないこと。
高校生からやっていると大学生に大切にしてもらること。 (僕が大学生のときは、当時、高校生セイラーだった田嶋美枝、鈴木智子、高野美穂ら選手たちは本当にちやほやされていました笑)。
そういう話をしたら本人が久しぶりにやる気を見せたため、逗子CBの真壁さんと当時の法政の高橋ひすいキャプテンに相談をもちかけたところ、入部が認められました。
それからは親の手を離れて、先輩や仲間ができたこともあり、もくろみ通りにどんどんウインドサーフィンにはまってゆきました。
多くの選手が大学生から始めるウインドサーフィンを高校時代から本格的に取り組み始めたので、かなりのところまでは行けるだろうと思っていました。
ところが、大学は理科系に進んでこともあり、思うように時間がとれず、ウインドの成績は伸び悩み。
さらに、大学3年の時にヘルニアを患い、この1年は活躍するシーンをなかなか見ることができず、就活もあるし、そろそろ引退してもいいのではと水を向けていました。
とくに、今回の世界選手権は、4年の就活時にぶつかってしまいました。
しかも、本人はかなりの金欠(ほとんど自活させているので)。
妻はある企業の選考が重なったので、「パパがワールドに行くことをたきつけているんではないか」と疑念を抱き、僕が出場をやめさせるよう説得すべきではないかと言われたこともありました。
それでも、本人は自分でお金を工面し、自分の事情や価値をわかってくれる企業はあるはずと、趣味のDJ機器もポルトガルに持参してゆきました。
今回の出場は、ウインドサーフィンに加え、世界の舞台でDJをやってみたいという強い希望を持っていたからです。
結果として、本人は100%やりきったという想いを持っていて、自分が勝てなかった上位2名の日本人選手をリスペクトするとともに、2年前の世界7位からのランクアップに、大満足していました。
就活が最終的にどうなるか。
ウインドをいつまで続けるのか。
一度の人生、本人が自律的にやりたいようにすればいいということを親としては望んでいます^_^